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思想家 トクヴィルについて 中

おはようございます。

今回のエントリーは前回に続き、思想家トクヴィルについてです。

前回は導入として彼の紹介、著作『アメリカのデモクラシー』が

作られた経緯を書きました。

今回は『アメリカのデモクラシー』の内容を

自分の解釈で、多少の批判を織り交ぜながら

説明していきます。

 

トクヴィルは前回の記事でお話しした通り、

ヨーロッパ(特にフランス)とアメリカ、

それぞれの社会制度を比較しています。

例えば、出版の自由について次のように分析しています。

ヨーロッパにおいて検閲を緩めることは、

転覆的、革命的な物事を市民に伝えることで、

反政府派によって体制の転覆を謀るために利用される可能性があるとしています。

つまり彼は、ヨーロッパにおける出版の自由を危険なものと認識しています。

 

他方アメリカでは、出版の自由は常に存在しており、

ヨーロッパのように革命を起こす可能性は低いそうです。

これだけ言われてもよくわからないですが、

例として新聞を引き合いに出しています。

新聞の数が増え、個々の新聞の影響力は小さくなるから

読み手に一種の混乱を与える余地が少なくなり、

大きな潮流の意見を作りだせなくなるという効果もあります。

なるほど、アメリカはたくさんの意見が存在するため、

支配的な意見を作り出せない、作るのが困難だということでしょう。

アメリカの出版の自由にはトクヴィル好意的に見ていますね。

 

自分は両者の差を

出版の自由の「徹底度合い」に

みることができるなと感じました。

生半可に導入するとトクヴィルが指摘したヨーロッパ型になるだろうが

出版の自由を徹底すればアメリカ型になるのでしょう。

 

 

まだ続きそうなので、一旦ここで切ります。

次回でこの内容を終わらせるつもりです。

では

 

参考文献

クラウス・オッフェ著, 野口雅弘訳 (2009)

『アメリカの省察 トクヴィルウェーバーアドルノ法政大学出版局